朝の六時を過ぎたばかりの薄暗い街を
僕は歩き始めた。

宿を出て30分ほど。
行き先は昨日と同じルアージュステーション。
ワンボックスの乗合バスのターミナルだ。
昇ってくる朝日が汚れた車のガラスに乱反射しながら
車内を照らす。


足元に冷気を感じながら1時間半ほど走った。
着いたのは、エルジェムという名の小さな町だった。

通りを通学途中の子どもたちとすれ違いなが歩いていくと
お目当ての建物が突如としてそれは現れる。

巨大な石の塊。
ローマ皇帝ゴルディアヌス一世の時代
三世紀前半に築かれたという円形闘技場だ。

3万人以上を収容したというその遺構は
1979年にユネスコの世界遺産に登録された。
かつて「娯楽」という名のもとに
多くの命が消費されていった場所。

ローマのコロッセオと比較されることも多いが
保存状態の良さはこちらが勝っているとも。

外壁の高さは約36メートル。
砂漠に近い、乾いた大地にそびえ立つ巨大な石の円環は
異様な迫力に満ちている。

それは、自分の想像を遥かに超えていた。
所々朽ち果てているため
巨大迷路のようになっている。
背の高いアーチ状の回廊を歩いていくと
黄金色の光がその先へと
誘うように差し込んでくる。

観客席に立つと、自分の足音や風の音が
驚くほどによく響いた。

石が持つ特有の冷たさと
突き抜けるように広く青い空。

そのコントラストが、流れる時間を
引き延ばしていくような錯覚に陥る。

闘技場のセンターには、1本の太い線が見える。
巨大な鋼製のグレーチングで蓋をしている。

その下にあるのは地下通路。
地下へ降りれば、そこには「ハイポゲウム」と
呼ばれる通路が残っていた。

かつて出番を待つ剣闘士や、
猛獣たちが押し込められていたという暗い空間。

だが、そんな血なまぐさい歴史を覆い隠すように、
回廊には柔らかな朝日が差し込んでいた。

修復の手が入っているとはいえ
当時の人々は、ここで何を思い
命懸けのエンターテイメントに挑んだのだろうか。

僕は2時間ほど、夢中で写真を撮り続けた。

あるところで、ふと、自分の電池が切れるように
緊張状態が冷める。

冷静になって考えれば
これは単なる「観光」ではないか。
そんな思いが頭をよぎる。

幾多の人々が、これまで何度も
撮り尽くしてきたであろう光景を
僕はなぞっているだけではないのか。
僕は、観光をするためにチュニジアに
来たわけではないはずだった。

けれど、昨日も、今日も、
僕がしていることはただの観光だ。
何かが、決定的に狂い始めている。
目的を見失っているのだろうか。

旅に出れば、想定外のことばかりが起きる。
それは当たり前のことだ。
だが、今の僕はそのズレをうまく修正できずにいる。
ファインダー越しに見た光の美しさと、
胸の内に澱のように溜まっていく違和感。

僕が求めているのは、
遺構でも、ラグジュアリーな風景でもなく
そこに暮らす庶民の肌感ではなかったか。
その中から透けて見えてくる
いのちの物語ではないのか。

なぜそちらに向かわないのか。
心当たりはある。

先日イフタール(断食明けの食事)に
招いてくれた家庭での出来事が
引っかかっているからかもしれない。

僕は逃げているのか?
少し時間を置いて
考え直さなければならない。

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