スースのメディナは、奥へ向かうほどに
その傾斜を増していく。
迷路のように入り組んだ石畳の坂を
息を切らしながら、一歩一歩踏みしめるように
登ってくる初老の男性がいた。

恰幅が良く、突き出たお腹が彼の歩みを
いっそう重く見せている。
頭には白と黒のチェック柄の布
クーフィーヤを無造作に巻いていた。

その風貌に心惹かれ
立ち止まってカメラを向けようとしたとき
彼が英語で声をかけてきた。

言葉を交わして数分後
彼は「家に来ないか」と僕を誘った。

一度は遠慮したが、彼の強い眼差しと誘いに
厚かましくもその誘いに応じることにした。

ラマダンの月、旅人が断食明けの食卓に
招かれることがあるとは聞いていたが
まさか自分の身に、これほど唐突に
「その時」が訪れるとは思わなかった。

彼は自分が立っていた背後の扉を開けて
奥に向かって大声を上げた。
そこが彼の家だった。

すぐに女の子が飛び出してきて
主人の荷物を受け取る。

廊下を抜けると、空を四角く切り取ったような中庭が現れた。
それを囲むようにいくつもの扉が並び、
見ていると、それぞれ子供たちの部屋があるようだ。

妻と、8人の子供。合わせて10人の家族。
イスラムの厳格な家庭では、
男と女が同じ食卓を囲むことはない。

僕は主人であるムハンマドと、
その息子のムハンマドとともにテーブルに着いた。
その横の隣では、妻と七人の娘たちが静かに座っている。

断食明けの刻(とき)を告げる「マグリブ」まで
あと5分、3分、1分。
私たちは、この終わりをじっと待ちわびる。

やがて、昨日も聞いたあの号砲のような花火の音が
街の空に轟いた。

それを合図に、ムハンマドは一切の迷いなく
デーツを手に取り、その甘みを噛み締めた。

次々と運ばれてくる料理。
野菜のスープ、鶏肉とジャガイモの煮込み、
そして卵とじゃがいもを包んで揚げたブリック。
最後にはりんごとオレンジ、
そして濃いコーヒーが食卓を彩った。

食事が一段落すると、家族全員での祈りが始まった。
ムハンマドは敬虔なムスリムであり、
この家における絶対的な秩序そのものだった。
彼の号令のもと、家族の時間が動いていく。

人々が手のひらを天に向け
祈りのポーズをとるなか
一人の娘の姿に目を奪われた。
彼女だけが、そのポーズをしていなかった。
明確に拒否するわけではなく
やんわりとしたものだが
厳格な父のもとでは、
それはとても勇気のいることだったように思う。

大学生だという彼女は英語を操り、
外の世界を見つめていた。

父は彼女を自慢に思い、頼りにしている。
僕は二人の会話の中でそう感じていた。

けれど、厳格な父の前で言葉にならない
彼女の意志のようなものを感じていた。

「いつか日本で働きたい。アジアに行きたいんです」
彼女の言葉は、日本にではなく
外に向けての声だったのではないかと思う。

伝統を重んじるムスリムは
レンズを向けられることを極端に拒む。
何度もやんわりと注意され
僕はカメラをソファの上に置いたまま
彼らの物語をただ見つめることしかできなかった。

けれど、それで良かったのだと思う。
シャッターを切る代わりに
その光景を脳の深くに、強く、深く焼き付けた。
記録されることのない
けれど確かにそこに存在した家族の肖像。

スースの急な坂道の先にあったあの家の空気は
体中に、熱を持ったまま留まっている。

 

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