16.いいなぁ、テント。美味いなぁ、ビール。 清水~静岡 12km

焼きいも屋ではない

気持ちよく眠っていたが
外がなにやら騒がしい。

いつもなら散歩の人の足音は
1人分だが今日は違う。
複数聞こえるし、声も聞こえてくる。
なんだ。
寝袋のなかで聞き耳を立ててみる。
すると、何人かの声がだんだん大きくなる。
近づいてくるようだ。

「何これ?焼きいも?」
「なんかいっぱい書いてあるわ〜」

怪しまれる前に(もう十分怪しまれているか)
挨拶したほうがいいなと思って外に出た。
「おはようございます!」
高齢のお姉さん方が3〜4名いらして
ぼくがテントから出てきたものだから
ちょっとびっくりされている。

しかし、一呼吸おいた後で
「これ何?」から始まった。
当初、お姉さん方は、ぼくのことを
家を持たない浮浪者だと思っていたそうだ。
(確かに11/23〜1ヶ月は浮浪者かもしれないな)

今日はこの公園で朝市があるそうで、
ご近所さんたちがすでに出店されいる。

買いに来ている人もそこそこいて
その流れで、ぼくの所にもやってこられたようだ。

「リヤカーにいろいろ書いてあるし
紙芝居の人かとも思ったりしたけど、ほんで何売ってんの?」

「来年のカレンダーなんです!」と答えると
「カレンダーかいな。カレンダーね。
はぁ〜カレンダ〜へぇ〜」と言いながら
興味は一気に失せたようで、
潮が引くように遠ざかっていった。

しかし、向こうでお姉さん方が、
他の人にぼくのことを話しているようで、
入れ替わりでまた何人かこられる。

まだ、テントのなかは起きたままの状態。
下はパッチ姿。
浮浪者と言われても仕方がない風体だ。
さすがのぼくもちょっと恥ずかしい。

ひと段落したところで、
さっさと着替えて撤収を始める。

すると、一人のお姉さんが来られて
「おなかすいてるでしょ。これ食べなさい」と
差し入れをしてもらった。
炊き込み御飯と梅干し1パック。
朝市で売っていたそうだ。

50歳のおじさんが、
まるで子どものように扱われいる。
お姉さんは80歳をすぎていたから
年齢的には子どもといってもおかしくない。

うちのおふくろもおせっかい好きなので、
旅をしている人を見ては
差し入れをしているのだろうか。

そのおせっかいのご縁が
ぼくのところにこうして回ってきたのか。

その場でいただくと
ますます子どものようになってしまうので
ありがたく頂戴して公園を出た。

 

リヤカー地下通路へ

今日は、静岡駅を目指す。
距離にして12kmくらいだ。

ここまで、ほぼ初めての街ばかりだが
この静岡も当然初めて。
知らない街だけど県庁所在地だし、
静岡駅前は人が多いと聞いていたので、
カレンダー販売に時間を使うために
距離を短くした。

昼前に静岡駅前に到着。

ルタさんや掛川の小松さんからの情報では
地下街に広場があり、人通りが多く
ストリートライブもやっているとのこと。

一番の懸案は、地下にリヤカーを下ろせるかどうか。
そして、そもそも地下通路で
勝手に販売をしてもいいのかどうか。
といっても、これまでも駅前でやってきたが、
それがほんとにいいのかどうかはわからない。

いや、厳密にいえば所轄警察の道路使用許可、
駅(鉄道会社)の使用許可、
そして店舗関係への許可など
多方面の許可が必要になってくるだろう。

ただ、動線を塞がないところで
リヤカー2台分ほどの小さなスペースで
やらせてもらっている。

規模の問題ではない!と一喝されそうだが、
各地で何十回とおまわりさんが見回りに来たけど
おとがめは一度もなかった。

警備員さんが近寄ってきて
注意されるかと思ったら、
サンティアゴ巡礼してきたの?と
旅の話しが始まったりと
みなさん大目に見ていただけた。

注意されたら、速やかに移動すればいい。
できるだけのことはやろう。と決めた。

リヤカーを地上に止めて下見に。

まずは、エレベーターにリヤカーが入るかどうか。
紐で測ってみるとエレベーターは
リヤカーのハンドルバーを折りたためば
ギリギリ入れるスペースがありそうだ。

そのエレベーターで地下に降りてみる。
なるほど人は多い。
JRの駅から地下の広場のところで
放射状に道が伸びている。
広場のど真ん中では
イベントをやっている。
端のほうで若者がライブをしていた。

これは、いけるかもと思い
早速リヤカーを下ろす。

さすがに最初は人の視線が刺さる。
が、自分の本気度が試されていると思えば
なんてことはない。
そう胸の真ん中で呪文のように繰り返す。

広場に設置された監視カメラに
はっきり映る場所でまずは始めた。
ダメならすぐに来てくれるだろうから。

しかし、何事もなく時間は過ぎていく。
そして、同じく何も見えていないように
人々も通り過ぎていく。

もしかして失敗?
そう思いながら、
他の場所を模索することにした。

最初はココ。ばっちりのはずが全然ダメだった。



カミーノのつながりは思った以上に強い

バンドの音がやかましいかと思いつつ
そちら寄りに20mほど場所を変えてみる。
すると反応が出はじめた。
わずかなことなのに。

うまく流れを捉えられたのか、
それとも明るさがいい具合になり
展示しているカレンダ−の写真が
見やすくなったのか。

最初は、60代前半の女性だった。
今からインターネットカフェに行くとのこと。
そこで、ぼくを見つけて立ち止まってくれた。

転勤族で全国あちこち転々としたそうだ。
ぼくが旅をしているのが、少しだけ
オーバーラップしたのか、懐かしそうに
話しをしてくれた。

カレンダーを買ってもらった後、
かばんから何やら取り出して
「インターネットカフェで
食べようと思ってパンを買ったけど食べて」と
美味しそうなパンをいただいた。

そこからしばらくいい感じで
いろんな人が足を止めてくれる。

街が大きいからか、カミーノ経験者や
友達にかミーノを歩いた人がいるなど
その絡みで来てくれる人が多い。

スペイン語教室に通う途中で
立ち寄ってくれた若い女性。
同じ教室にカミーノを区切り打ちで
歩いている友だちがいるそうだ。

カミーノのことを熱く話しているなかで、
ぼくが困っている時に現れて
助けてくれた日本人女性の遥さんのことを話すと
「私もはるかなんです!」と彼女がいう。
字は晴香と書くそうだ。

その後、晴香さんから聞いたと
カミーノの区切り打ちをされているかおりさんにも
来てもらった。
話しをしていると人が集まってきて
話しが始まる。
ぼくの旅の経緯、カミーノの魅力を話す。
かおりさんも、横から自分の経験を話してくれる。
それを興味を持って聞いてくれる他の人たち。

カミーノのつながりは思った以上に強い。
東海道を歩きながら、
そうひしひしと感じるのだ。

スペイン語教室に行く前に立ち寄ってくれた晴香さん
地下街3ケ所目。ここも良かった。

 

末期ガンだった女性からいただいたメッセージ

ぼくが一通り話し終えると
カラフルな毛糸の帽子をかぶった
60〜70代の女性が話し始めた。

彼女は、20年前に末期ガンだと宣告されたらしい。
詳しい病状は聞かなかったが、それが今でも
まだこうして元気に生きていると。

彼女は、末期だと宣告されてからも
生きる希望を決して失わなかったという。

「大切なことは光、希望よ。
まわりの愛に身を委ねて
自分は治ると確信して生きるの」そして最後に
「本気で信じることは叶うから」
そう言って去っていかれた。

本気で信じることは叶う。
命がけで死の淵から戻ってこられた方の言葉は重い。

この言葉は、ぼくがこれから進む道への
メッセージとして贈っていただいたようにも思う。
名前は聞けなかったし、もう会うこともないだろうけど
強く残っている言葉だ。

旅をしながら聞く話しは
その人の人生の一部を分けていただいているようだ。

ごくごく普通に見える人々のなかにも、
それぞれに生きてきたストーリーがある。

この世に生まれてきたものの定めとして死がある。
自分の終着点に向かう旅路のなかで、
関わる人たちの生に出会い、死に直面する。

ぼくらは一本の細い糸として生きているようで
実はさまざまな人の人生と絡み合い、
糸は縒られ強くなり色彩を持つようになる。

人間の歴史をその糸を編んだ織物とするなら
無窮の彼方から連綿とつながる織物が今ここにある。

そして未来につながる縦糸に今を生きる僕らが
横糸として織りをなしていく。
たった一本の横糸かもしれないが、
そこに生きたという証を刻む。
それが生きるということなのではないか。

ビールの影響もあるかもしれないが
テントで過ごす夜は、想像力をかきたててくれる。
人々の日常のなかに
ひっそりと佇む自分だけの非日常。

いいなぁ、テント。美味いなぁ、ビール。



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