折りたたみ自転車と列車でスリランカを巡った45日

<スリランカの鉄道>

スリランカでの移動手段は、個人旅行者の場合、バスが一般的なようだ。出会った個人旅行者に聞くと、バスを多用している人が多かった。列車に比べて本数が圧倒的に多く、ほぼ全土を網羅している。料金もかなり安い。一方、列車は、料金は比較的安いものの本数が少ない。しかもコロンボが起点となってダイヤが組まれているようで、地方都市から地方都市へ移動する場合は、一度コロンボに戻ってきて、行き先の列車に乗り換えなければならないこともある。バスなら都市間を結ぶ路線がだいたいあるので、バス移動の方が便利だとなってしまう。

スリランカの国営バス。バスも列車も扉を閉めずに走るのが基本

本数の少なさ、ダイヤのシンプルさは、発車を示す掲示板にも現れている。すべてが手動。行き先の札があり、その隣に出発時刻を示す時計、その隣に出発ホームの番号札がかかっている。この作業を一日に何度かすることになるのだろうが、この掲示板にぼくは惹かれた。ハイテクな時代に、手作業で掲示板を調整する。効率に神が宿るがごとく、効率ばかりを考えているぼくらは、結果的として時間の主導権を効率という思想に奪われてしまっている気がする。スリランカの発車を示す掲示板をみたとき、時間を自分たちのもとから手放していないように思えて、それが格好よく見えたのだ。「急ぐんやったらバスかタクシーで行ったらええやん。時間に余裕がある人だけ乗ってくれたら」。そんなセリフが聞こえてきそうだ。

年季の入った手動の出発時刻掲示板

スリランカの旅では、セイロンティーの産地を走る紅茶列車に乗る予定で日本を出てきた。それ以外はすべて自転車で走る予定だったが、旅の予定はあってないようなもの。しょっぱなのコロンボから思わぬ出会いがあり、予定はいきなり崩れていた。さらにその予定を崩す情報をもらった。旅の前半で向かう予定だったスリランカ最北の街ジャフナで、ヒンズー教の大きな祭りが8月に20日以上かけて行われるそうだ。しかも、その祭りは、後半になるほど盛り上がるという。人混みは苦手だけど、どうせ行くなら、盛り上がっているときの方がいい。8月後半に行くとなると、一通り旅を終えてからになる。コロンボからジャフナまで向かうと、およそ400km。がんばれば3日で行くことができる。だけど、帰国の日程から考えて難しい。コロンボからジャフナ往復を列車で輪行(自転車を列車や車に乗せて一緒に移動すること)しよう。そう決めて、自転車の旅からジャフナを外し、その他の主要な町を回ってコロンボに戻ってきたのが、約1ヶ月後の8月19日だった。宿に荷物を降ろしたその足で、明後日のジャフナ行きのチケットを買うためコロンボフォート駅に向かう。

スリランカの列車は、1・2・3等に分類されている。3等は対面式の自由席(たまに指定席がある)。2等は片側2列シートの自由席。1等は片側2列シートの指定席。コロンボと主要都市間を結ぶインターシティと呼ばれる特急にはエアコンがついている車両もある。2・3等は、自由席のため、通路やデッキまで人で溢れかえる。自転車を積み込むのは難しいだろう。一方、1等は1等のチケットを持っている人しか車両には入れないため、デッキが空いている。そこに自転車を止めることができる(勝手にだけど)。

コロンボ駅のラッシュ時間
 インターシティの1等は車両が新しくグレードの違いを感じる
自転車はデッキに
独立シートで自由席が2等。車両によってシートの形状は異なる
3等はベンチシート。2人掛けのところに3人も4人も座る
車両等級は、外側のボディに数字で書いてある。この車両は3等車

※列車最終日に知ったことだけど、車列のなかに貨物車両があることが多い。要予約だが貨物車両に自転車を積むことができると駅員から教えてもらった。

コロンボフォート駅の場合、予約カウンターは、当日券のカウンターとは窓口が異なる。当日券のカウンターはコンコースにあるが、予約カウンターは別に部屋がある。室内は冷房が効いている。1等は特別扱いのようだ。窓口は行き先によってさらに分かれている。ジャフナ方面と書かれた長い列の最後尾に並んだ。前の人の様子を見ながら、想定されるパターンをいくつか考えておく。

「ジャフナ、明後日、朝イチの列車、1人」そう告げると、「満席だ」ちょっとだるそうに返事が返ってくる。これは想定内。「じゃあ、明後日の空いている時間帯で」「満席だ」えっ、そうなん?「じゃあ3日後は?」「あのね~、ジャフナ行きは8月末までずーっと満席なの!」なに?8月末まで?出国日間近までダメ?「どういうこと?」と聞くと、「あのね~、ジャフナで大きな祭りがあるから、ずっと埋まっているの!はい、次の人!」と、ばっさり瞬殺されてしまった。まさにぼくが行こうとしている祭りをめがけて、スリランカ全土からヒンズー教徒が移動する時期なのだ。とすると、料金の安い2等、3等はえらいことになるだろう。バスも大変かもしれない。選択肢は、1.自転車を置いて3等で行くか、2.いっそのことジャフナを諦めるか、3.万に一つのキャンセルにかけるか。翌日の夜(出発前日の夜)、駅の予約窓口を再び訪れた。昨日と同じ駅員さんだ。「満席!8月末まで満席!」と、今日も何百回言ったと思ってるんだ!と言わんばかりの表情だ。ジャフナ行きを諦めかけたが、しつこいと言われようが、明日の早朝、再度トライしよう。それでダメなら3等に無理やりにでも自転車を積むチャレンジをする。もし自転車を乗せられなければ、縁がなかったとジャフナ行きを諦めよう。その分、お茶畑が広がる高原地帯での滞在を増やして楽しもう。そう決めた。翌早朝に宿をチェックアウトし、6時すぎに駅にやってきた。早速窓口に行くと、昨日、一昨日とは違うスタッフが窓口にいた。もしや?と思いながら「1等、ジャフナ、今日、一人」と告げると、「あと10分で出発する列車が1席だけ空いている。それでいいか?」ときかれたから驚いた。もうほとんど諦めていたのに、なんてラッキーなんだ!「もちろんOK!ありがとう!」と言って自転車を担いでダッシュ。晴れてインターシティの1等に乗ることができた。諦めなければなんとかなるもんだ。もしかしたら、ブッダやガネーシャが「しゃーないなぁ。そこまで1等でいきたいんやったら、いかしたるわ。その代わり、ジャフナに着いたら、ヒンズー寺院にお参りして、賽銭はずむんやで!」と願いを叶えてくれたのかもしれない。<夢をかなえるゾウ>の読みすぎではないかと言われそうだが、まさに神業のようなミラクルのおかげで、約11時間後、暗くなったジャフナの駅に降り立つことができた。

ジャフナ駅。コロンボから11時間の長旅だった

※ジャフナにあるヒンズー教のナルー・カンダスワミ寺院。ここで祭りは行われていましたが、その様子はカレンダー巻末のナルー祭に書いていますで、そちらをご参照ください。

ジャフナについた翌日、明日、コロンボに戻るためにチケットを買おうと駅に行ってみると、コロンボ行きの1等は満席だという。またか。8月いっぱい満席だそうだ。まただ。祭りは26日間もあるから、出入りが活発なのかもしもれない。しかし、これではコロンボに戻れない。宿のオーナーに相談すると、列車が無理ならバスしかないという。ジャフナのバスターミナルもその日のうちに調べておいた。ジャフナ出発当日、早朝からナルー寺院に行き、最後のお祈りと撮影。朝から素晴らしいものを見せてもらい神聖な気持ちで、駅へと向かった。すると1等の席がまた空いていたのだ。偶然か必然か、もしくは鉄道のシステム上の事情か・・・。いやいや、そんな邪推を巡らすよりも、これまたブッダ&ガネーシャ合同連合に助けていただいたと思ったほうがいいじゃないか。そんなことを思いながら、ホームで列車が来るのを待っていた。

帰りの列車はインターシティではなかった。行きも帰りも同じ金額を払っているが、車両の装備がずいぶん異なる。インターシティの車両は、エアコンがあり、シートも座り心地がよく、電光掲示で次の停車駅を示してくれていた。一方、帰りの列車は、エアコンはなく、天井に使い込まれて黒ずんだ扇風機が首を回しながら時おりカタっと音を立てながら回っている。シートも古く、所々破損している。窓は全開で、右に左によく揺れて、時々アクセントのように上下にも飛び跳ねる。インターシティの新型車両より、こちらのほうがぼくの勝手なスリランカのイメージに合っていた。ゆさゆさ揺られながら、コトコト走る。予期せぬ揺れにときどき首を持っていかれながらも、眠りに落ちそうな目で車窓を流れていく景色をぼんやりと眺めている。自転車で走っているときのことが嘘のようだ。同じ現実を見ているとは思えなくなってくる。どのような手段で移動するかは旅にとっては、とても大切なことのように思う。ついつい移動は少しでも早くと、飛行機や新幹線を使ってしまいがちだ。結果を早く、成果を大きく求めるならば、それでいいのかもしれない。飛行機に乗らないとそこにたどり着けない到着点もたくさんある。だけど、スピードが速くなればなるほどたどり着くまでの風景を見失っていく。

結果は大事だけれど、過程が希薄になっていくと、生きる意味を見失いがちになるのではないだろうか。

人生は経験や思い出から自らの糸を紡ぎ出して、物語という蚕のまゆを作り続けているのだと考えることがある。そのまゆに幸せを感じ、時に身を委ね、誇りとして生きていく。大きな大きなまゆを作れる人は作ればいい。ぼくは小さくてもいびつでも目の詰まったまゆを作りたい。そしてそのまゆを生糸として使ってもらい、誰かを喜ばせることができるなら、そちらの方がいい。風を感じながら車窓に流れる風景と想像の世界を行き来しながら列車は走っていく。コトコト、コトトコト、トコトコトン・・・。リズムは悪くビートもかなりきついが、どこか懐かしさを感じるスピード感を味わいながら、コロンボ駅へと走って行った。

ジャフナからコロンボへ向かう1等車。インターシティよりもずいぶん古く所要時間も長いが、料金は同じ
スコールの後は風景もしっとりしている
コロンボ近郊の街とつなぐ通勤列車。かなりスリリングだ