折りたたみ自転車と列車でスリランカを巡った45日

<紅茶列車(キャンディ〜ヌワラエリヤ)>

スリランカは世界的に有名な紅茶の産地。セイロンティーといえば聞いたことがある人も多いのでは。標高500mくらいのキャンディという町から、1,900m近くあるヌワラエリヤなどの高地やその地域で、お茶が栽培されている。そのキャンディからヌワラエリヤに最寄のナヌ・オヤ駅を走る列車をいつしか紅茶列車と呼ぶようになったようだ。高低差、約1,000m以上ところを上っていく。旅情という言葉は列車の旅にしっくりくる。今回の旅での移動手段を折りたたみ自転車にしたのも、輪行(自転車を電車や車などに乗せて一緒に移動する)できるようにと思ってのことだった。

紅茶列車を楽しむにあたって、キャンディ~ナヌ・オヤの中間にあるハットンという町をベースにした。この町から40kmほど離れたところに聖なる山スリーパーダがあり、そこに登ってきたからだ。ハットンの標高は駅の表示では1,260m。そのため南国なのに涼しい。朝晩は肌寒くジャンバーを着ている人もいる。このあたりも紅茶の産地で、郊外に出るとお茶畑がザーッと山の斜面に広がっている。ここからさらに奥地のヌワラエリヤ、そこを越えてエッラまで列車で往復する。

この地域は雨が多いようで、エッラに向かう列車に乗るときもどんよりとした曇り空だった。走り始めて間もなく、茶畑が見えてくる。大きな大きな緑の絨毯を丘の上から斜面に沿って広げているようだ。それが車窓に次々と現れてくる。列車は少しずつ高度をあげながらコトコト進む。景色の流れがゆるやかだから、目で風景を追いやすい。そのスピード感もどこか人間らしくて心地いい。高度が上がるにしたがい、外からの風が冷たくなる。ジャンパーのフロントファスナーを一番上までしっかりあげる。カメラを持つ手も少し冷たい。ここがインドの南端近くにあることを忘れてしまいそうだ。

列車は山の斜面、それも高いところを走る。そのため右と左で景色が違う。山側には、間近に茶畑が広がり、反対側の車窓には、山裾へと広がる雄大な景色が見える。しかも高度があがっていくにしたがって、眼下に広がる雄大さも増してくる。

後日、ヌワラエリヤからハットンまで自転車で走った時にわかったが、列車は幹線道路よりもずっと高いところを走っているのだ。遠くに見える高い山の斜面に小さく動く列車を見つけたとき、あまりにも高いところを走っているのに驚いた。タクシーやバスからは見ることのできない風景が列車の車窓には広がっている。元々は紅茶を運ぶ貨物列車として整備された路線だそうだが、この風景を求めて世界から人が集まってくるというのも納得できてしまう。

高原を走る紅茶列車。山側から雲がかかってきた
旗を振り出発の合図をする車掌さん
車窓を楽しむことなく眠りにつく女性
単線のため、すれ違う列車同士が並ぶ。扉は常時開けっぱなし。日本にはない光景だ

茶畑を眺めていると、茶摘みをするのは圧倒的に女性が多い。鮮やかな色の衣装や、背中に背負うカゴの色が、緑の畑に彩りを添える。畑に重機は入らない。すべて手作業で彼女たちが茶葉を摘んでいく。晴れの日も雨の日も変わらず茶摘みをする女性たち。決していい労働環境ではなく、賃金もかなり安いという。彼女たちの祖先は、紅茶のプランテーションを英国人が始めるとき、奴隷同然にインド南部から連れてこられたタミル人。スリランカには紀元前から住むタミル人と区別するために、茶畑周辺に住む人々をインドタミルと呼ぶ。世界的に有名なセイロンティーはインドタミルの人々の力なくしては成り立たない。そのことを知っておくだけでも、紅茶が少し深みを増す。生産者の顔が見えるというのは、物語も一緒にいただくことになる。

紅茶列車は車窓の美しさだけではなく、列車自体の楽しみもある。スリランカの鉄道のほとんどが、乗降口の扉を開けたまま走るため、運が良ければ、デッキに座りながら旅を楽しめる。日本では乗降扉を開けたまま走るようなことがあれば大問題になるが、そこはスリランカ、おおらかなのだ。この開放感がたまらない。手すりにつかまり身を乗り出して自撮りしたり、写真を撮ったりしている人もいる。窓から顔を出している人は数知れない。ぼくも試しにデッキの手すりにつかまってやってみたが、これがなかなか危ない。コトコト走るとはいうものの、そこそこスピードは出ているし、とにかく左右によく揺れる。ゴトン!という衝撃とともに急に振られたら、手すりから手が離れてしまうこともあるかもしれない。数年前にアジア人で列車から落ちて亡くなった方もいるようだ。写真を撮るにはデッキよりも窓から顔を出す方が、ぼくにはよかった。

山沿いを走る線路は単線のため、上下線がすれ違う場合は、駅で待ち合わせをすることになる。そんなとき、車両同士が向かい合う。窓越しにニコッと会釈したり、写真を撮りあいっこしたり、軽く話したり。列車が動き始めれば、手を振って笑顔で別れる。きっともう会うこともないだろうし、顔もすぐに忘れてしまうけれど、なんだかいい出会いだったなぁと余韻を楽しめたりする。そんな瞬間が幸せだったりするのだ。

自転車の旅では味わえない面白さが列車の旅にはある。スリランカでは、その両方を経験することができた。移動手段を変えると出会い方も変わり、出会う人も変わる。どれが正解というわけではなく、どれかに固執するわけでもなく、いろいろ使って楽しむことが、ぼくの旅のスタイルかもしれない。

今回のスリランカで、キャンディ~ヌワラエリヤの紅茶列車の区間は、小分けにして計6回乗った。ぼくの個人的な印象では、そのなかでもハットン~ヌワラエリヤの区間が綺麗なのではないかと思う。もし、紅茶列車に乗りたいけど、あまり時間がないという人は、この区間がおすすめ。1等は前日に行くと「満席」と言われるのが常だったけれど、当日に行くと他の路線と同様に空席があることもあった。前日までの「満席!」はあまり鵜呑みにしないほうがいい。3等に乗る覚悟をした上で、当日の朝に再トライしてみると、1等の神さまが手招きしてくれるかもしれない。

ヌワラエリヤのお茶畑。カラフルなカゴを背負った茶摘みの女性たちが点在しているのが見える
スリーパーダに向かう途中のディコヤ付近。ヨーロッパの景色を見ているようだ
 雲が迫ってきたと思ったら、あっという間にこのような風景になってしまった。この天気がお茶の栽培に適しているのだろう
茶畑には必ず所有する企業名が設置されている
雨が降ってもビニールを体に巻きながら茶摘みを続ける女性たち