折りたたみ自転車と列車でスリランカを巡った45日

<ヌワラエリヤ>

スリランカといえば、セイロンティーが有名だ。かつてスリランカはセイロンと呼ばれていたため、いまでも紅茶はそう呼ばれている。産地は、スリランカの中南部の高原地帯に広がるが、最もポピュラーな町といえばヌワラエリヤ。標高1900mほどのこの町の郊外には、谷あいを埋め尽くすように一面に緑のお茶畑が広がっている。

紅茶列車に乗ってこの町にやってきたが、南の島にもかかわらず、寒さを感じてしまう。朝晩は薄いダウンジャケットを着ていたが、現地の人々も毛糸の帽子にダウンジャケットやコートなどを着ている人が多かった。2~3日もいれば、ここが南国であることを忘れてしまいそうになる。

そんなヌワラエリヤは、町の風景もスリランカの他の町とは異なっている。かつて、この国は、ポルトガル、オランダ、イギリスに植民地支配されていた。その名残が各地に遺跡として残っているが、ヌワラエリヤにはイギリス支配の跡が色濃く残る。避暑地としても栄え、町中にはきれいに整備されたゴルフ場や競馬場があり、山の斜面にはイギリス風の瀟洒な建物やホテルが建つ。

お茶の生産地だけあって、雨の日も多いという。滞在していたときも、ぐずついた天気が多かった。それでも、畑には茶摘みをする女性の姿が見られた。彼女たちは、イギリスが紅茶のプランテーションを始めるとき、インドの南部から奴隷のように連れてこられたインドタミルと呼ばれる人たちだ。今でも彼女たちの賃金は安いらしい。時間になると計量所に茶葉を運び込む。その茶葉をトラックで近くの工場に運び、紅茶に仕上げていく。それを高台にある事務所で管理している。茶摘みをする女性たちは裸足だが、高台から降りてくるのは高級車だ。町は一見すると整えられていてきれいだ。涼しい(寒い)し、ヨーロッパのようだし、観光客としてやってくれば、素敵なところねぇ~となるのかもしれない。しかし、この町に滞在し、自転車で走っていると階級意識がまだまだ残っていることを意識せずにはいられなかった。

町を少し外れたところには、庶民の地域があり、そこは間違いなくスリランカであり、その落差からか、少し汚れて見える。住民の大半は、こうした場所に住み、一部の人たちが、芝生が広がる庭つきの邸宅をかまえる。旅行者にとっては、そういうものかと思ってしまえばそれまでだ。しかし、ここに住むスリランカ人は、この町の階級的な風景をどのように見ているのだろうか。この風景と仕組みが残る限りイギリスに支配されていた過去の歴史を引きづりながら、現在を、そして未来を暮らしていかなければならない。そのことを彼らはどのように思っているのか。その一方で、イギリスによって開発された紅茶のプランテーションがこの町の観光資源になっていることも確かだ。ぼくも一面に紅茶畑が広がる風景を見たくて、そこで茶摘みをする人々を見たくてここにやってきた。そして、スリランカの人々もその恩恵を受けている。

有名なイギリスの紅茶企業をスリランカの会社が買収したとネットで読んだことがある。真偽のほどはあるが、今の風景を残したまま少しずつスリランカ人のもとにその土地が戻っていくのは素敵なことだ。そうして階級意識が薄らいでいったとき、異質に見える町が自然に感じられる町になっているのではないだろうか。将来的にどう変わっていくのか、ヌワラエリヤは別の意味で楽しみな町だ。

郵便局。まるで英国
町の中心部にゴルフ場がある
町のなかに競馬場がある。
早朝の競馬場。欧州で見た風景のようだ
茶畑には企業名やブランド名が掲示されている
英国風の邸宅
狭い町なのに邸宅の敷地は広い
ヌワラエリヤは寒い
庶民のエリアはスリランカの風景だ

メニューを閉じる