涙の意味

涙の意味

​昨日は、朝から奈良市まで
カメラを積んでサイクリング。

大阪側から奈良側へいくには生駒山系を
越えなければいけない。
いくつかルートがあるが、
ぼくがよく使うルートは国道163号線。
標高は250mくらい。
最近はこの峠でスリランカの2,000m級の
高地を走るためにトレーニングをしている。
0がひとつ違うんだけど。

と、昨日はトレーニングを兼ねて自転車で走ったけど
行った先は、講演会会場。
トレーニングが目的ではなく講演会の撮影。

以前勤めていた会社の後輩が
現在、教育コンサルタントとして
奈良市内で活動している。

その彼の講演会を撮影をするのが目的だった。

午前中からお昼にかけての講演会だったから
お母さんを中心に70名ほどの人が参加。
会場はギリギリまで椅子が並べれて超満員。

そこで約2時間、
子育てについての話しだった。

一緒に働いていたころは、
ホストでもやるんか?
という出で立ちだったが、
その彼が今やお母さん方の前で
講師として話をしている。

コンサルタントというと
堅苦しかったり、一部では怪しいなぁと
思ってしまうイメージがぼくにはあるが
彼はとても誠実だった。

小手先のテクニックや
理屈を並べただけの話しではない。

人と人がどう向き合うかという
根っこの部分を逃げずにそして誠実に
むきあっている。
そのことが話しの中から伝わってくる。

終盤には、
かつて不登校の子供と
真正面から向き合った話を
当事者のお母さんをまじえて話してもらえた。

壮絶な状況をお母さんと彼がタッグを組んで
克服してきた話しは感動的だった。

そして、最後に
参加者のお母さんたちそれぞれが
目をつむり
子供が生まれてから一緒に過ごした日々を
回想するワークがあった。

みなさん目を閉じながらも
ぼろぼろ泣いている。

その涙の一滴が、子供が生まれる前から
現在までを見通す水晶玉のように
ぼくには見えた。

出来事だけでなく
たくさんの感情も映し出されるようだ。

美しい涙だった。

以前、居酒屋で飲んでいたとき
中学生の息子を持つ女性が
「私は息子が5歳までの
あの可愛かった記憶だけで
一生生きていける」と言った。

そこまで言い切る彼女に
言葉がなかった。

一体どれくらい本気になれば
その言葉が自分の中から
絞り出せるのだろうか。

想像ができなかった。

彼女が特殊なんだ。
そんなことを考えたりした。

しかし、昨日のお母さんたちの涙を見たとき
あのとき、彼女が言ったとこは
特殊なことでもなんでもないと理解した。

子育てほど、人生を豊かにするものはない。

彼女たちの涙が、そんなメッセージに
思えてならなかった。

 

昨日講演した
『創』教育コンサルタント田中章友​くんの
ホームページはこちら

​子育てに迷ったら、いや迷わなくても
是非のぞいてみてね!

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