まだ町が起き出してしていない
5:45ごろ泊まっていた万葉の湯を
静かにスタートした。

薄暗いなか、
まずは峠の麓である箱根湯本を目指す。
旅に出る前に立てた予定では、
今日箱根を越えて
三島までいくことになっていた。
それがどんなことか、今となってはわかる。

というより、箱根の上まで
たどり着けるかどうかもわからない状況だ。
よくもそんな計画を立てたな、と自分を笑う。
無知とは怖いものだ。

ずっと緩やかな上り坂が続く。
まだ、箱根の峠は始まっていないのに、
リヤカーの重さを感じながら歩いている。

今日は、自分に許していることがあった。
食べものは好きなだけ食べていい。
体力がないと箱根に勝てないんだから、
食べないともたない。
と半分言い訳のようにいいながら、
コンビニを見つけては、立ち寄った。

バナナ、ヨーグルト、大好きなシュークリーム。
朝からおにぎり何個食べるのというくらい
立ち寄るたびに食べた。
それくらい楽しみがないと、箱根に勝てない!
とまた呪文のように半分言い訳を唱える。

箱根湯本に到着。
朝8時ごろだったから、まだお店も開店準備中。
観光客もいなくて、
通勤通学の人たちが行き交うくらいだ。

町なかで休憩をしていると、
地元の人が声をかけてきた。
「これで箱根登るの?」
「この道をリヤカーで上がるのは危ないわ~
車の通行量が多いのに狭くて歩道がない。
カーブが多いからリヤカーに気づくのが
遅れたら追突されるよ」
「旧道のほうがまだマシ。
若干こっちよりも距離が短いし。
その分傾斜はきついけど
そっちをすすめるわ。この道はあかんわ」
というアドバイスだった。

ここに来るまでに、旧道の話も聞いていた。
人が集まるところでは
どちらの道がいいかと、井戸端での議論もあった。
その話しをもとに、箱根駅伝で選手が走る
現在メインの道路を歩くことに決めていたが、
ここで急遽変更。
旧道を行く事にした。

まだ開店準備中の箱根湯本。観光客はいない。

 

自撮りしていたら、箱根登山鉄道の運転手さんに声をかけられた。注意されるのかと思ったら、リヤカーを見て応援にきてもらったのだ。

このアドバイスをくれた方は
お土産のきび餅を土産物屋に卸している
営業の方だった。
そのため、毎日のように箱根を上り下りされている。
その人のアドバイスだから確度が高い。

教えてもらった旧道に向かうため、
少し引き返す。
そして、橋を渡り川を越えて対岸へ。
そこからが勝負だ。

景気付けにコンビニでまたまたバナナを購入。
外で皮をむいて食べていると、
さきほどのきび餅の営業さんも
コンビニの駐車場に入ってこられた。

「お腹すくやろから食べて」と
きび餅をいただいた。
こんなところで差し入れをいただけるとは
ありがたい。
「箱根は、東海道の途中やから、
いろんな変わった人が通るけど
リヤカーの人は初めてみたわ」
と、まだ箱根を越えたわけではないのに
ずいぶん感心していただいた。

ホントに美味しかった!上るまでにすべて食べ終えてしまった。

 

コンビニの前はすでに坂道だ。
かなりの傾斜がある。
お腹もふくれたし行くか!と
自分の気持ちのエンジンをかける。

坂を登るときは、
前傾姿勢になり、前に倒れこむように
自分の体重を前にかける。
そうしないと、後ろに持っていかれるからだ。
上り始めると、一歩一歩が思った以上に
前に出てくれない。
小さくゆっくりと歩を刻むが
呼吸はすぐに荒くなる。
歯をくいしばるたびに汗がにじみでるようだ。

坂はくねっていて、先が見えない。
お腹にリヤカーのハンドルバーが
えぐるように食い込んでいる。

この勾配の坂が上まで続くようなら
無理かもしれん。
昨日あれだけダイエットしたけれど
リヤカーがまだまだ重い。

休憩をとりながら、
第一弾の急坂を登りきった。
平地とは言わないが、
ずいぶん坂が緩やかになり
呼吸も落ち着いてくる。

旧道は朝の時間帯ということもあってか
車は思っていたよりも少ない。
しかし、狭い道。飛ばす車もいるから
カーブなど見通しの悪いところは怖い。

リヤカーの後ろには警備員さんが持っている
赤の誘導灯をくくりつけている。
夜間歩くためのものだが、
この日は朝からスイッチオンの状態。
ノボリも上に伸ばせるだけ伸ばしている。
少しでも視認性を良くするためだ。

時間が経つにつれて、
県外ナンバーの車やタクシーが増えてきた。
観光客が到着しはじめたということだろう。
それにともなって、車からの声援も増える。

前回も書いたが
「がんばって~」と言われると、
本当に元気が出る。

0.5秒もあれば言える簡単な一言。

その一言で、応援された側は
苦しさで埋め尽くされたココロに
ドバーッと元気エネルギーが
押し寄せてくるのだ。

本当にパワフルな一言だ。

これまで、がんばっている人をみたときに、
声をかけてあげようかどうかと迷うことが
ときどきあった。
だけど、やめた。

たった一言だ。
それだけで元気が出るなら、
気軽に声をかけてあげようと思う。

ココロが動いたときに、さっと一言。
その小さな優しさが、
大きな喜びに変わるのだ。

当たり前のことかもしれないけれど、
これはぼくの中での大きな気づきになった。

お昼前に畑宿に到着。
旧道にもかかわらず路線バスが通っていて
100mほど先の停留所で
外国人と思われる二人組が降りてきた。

80代と思われるおばあさんに
道を聞いているようだ。
それをぼーっとみながら
長めの休憩をとる。

東海道を歩き始めてから
全然興味のなかった路線バスに
目がいくようになった。
通り過ぎていく路線バスの行き先が
歩いていくにつれて、
グラデーションのように少しずつ変わっていく。
それを見るのがおもしろい。

電車はもっと広範囲を移動するけど
路線バスは地域に密着しているから
その移り変わりがよくわかる。
自分が別の地域に来たことを
そうして確認するのだ。

ここ箱根では山をまたぎ、県をまたぐ。
小田原から箱根を越えて
三島に乗り換えなしで行く路線バスはない。
箱根のこちらと向こうでは
グラデーションのように変化するではなく、
色相が変わるように
ころっと変わるのかもしれない。
そんなことを路線バスから
想像するのが楽しいのだ。

畑宿に到着。右上の山には雲がかかっている。

 

江戸日本橋から畑宿まで。通ってきた地名を見るとそのときのことを思い出す。

 

歩く人はこちらへ。リヤカーは車道を行きます。

 

畑宿でたっぷり休憩した後、
いよいよ勾配が10%の七曲りの坂へと向かう。
ここで一気に高度を稼ぐことになると、
きび餅の営業さんが言っていたけど、
ここまでは助走だったのか???
とは思いたくないが、
緩めた気を引き締めた。

じわじわとのぼっていく。
冷えた体がすぐに温まり、汗がにじむ。
体を前に倒してお腹に食い込むバーを
上へと持ち上げていく。

しばらくのぼっていると、
追い抜いていったタクシーが
ハザードをつけて止まった。
ドアを開けるとドライバーさんが
降りてこちらに向かってくる。

「朝から見てるで。
これで栄養補給して、がんばって!」
とカロリーメイトとジュースを
差し入れてくれた。

ぼくが箱根を少しずつ
登っていっていく様子を
お客さんを運びながら
見ていてくれていたのだ。
うれしい。
汗と一緒に涙まで出てきそうだ。

七曲りを前にして、
がぜん元気が出てくる。
坂道はさらにきつくなってきた。

次のカーブのところに、
黄色い看板が見える。
七曲りの坂だ。
勾配10.1%の坂が
つづら折になっている。

上っていてわかったが、
カーブのところが
一番勾配がきつくなっている。
朦朧とするなか、道なりに
歩いていくとヘアピンカーブの内側に
入ってしまい悲劇をみた。

坂がきつすぎて上れないのだ。
帽子のつばが、地面につくか
というくらいに体を前に倒していないと、
後ろに引っ張られてしまう。
動けないのだ。
歯を食いしばって登ろうとするが
まったく動いてくれない。
それどころか、
足が滑ればそのまま後ろに転がっていく。
焦る。

すると後ろから車がやってくる音が。
ドライバーはカーブの内側に
リヤカーがいるとはおもわず
突っ込んできた。
あわてて急ブレーキを踏み
ギリギリのところで止まってくれた。

それなのに、こちらは身動きが1つできず。
ただただ、その場で力一杯
踏ん張っているだけ。

下ってきた車もリヤカーが
立ち往生している様子を見て
止まってくれた。

どんどん焦る。
どうしよもない。
火事場の馬鹿力ではないけど、
おりゃー!とばかりに
力を振り絞り
リヤカーを90度外側にまわしたら
なんと奇跡的に動いてくれたのだ。
そのままの勢いで
カーブの外側へと逃げた。

もうフラフラだ。

畑宿まで下るか。
そこで、まっけんに連絡して
軽トラに乗せてもらおうかとも考えた。
しかし、この坂、降りるのにも覚悟がいる。

休憩を挟みつつのぼるしかないか。

通り過ぎる車からは、応援の言葉が飛んでくる。
追い越すときには
スピードを落として通り過ぎてくれる。
みなさんやさしい。

そのやさしさに、応援の言葉に
押されて、七曲りを上りきった。

そこからは、比較的ゆるやかな道が続く。
しばらく歩いていると、​通り過ぎていった車が​​
前で止まった。
降りてきたのは、なんと​中野さんだった。
​昨日、小田原駅前で飲みに誘っていただいた方だ。

「よく上ってきたね〜」
​「そこに甘酒茶屋があるからそこで何か食べようよ」
とうれしい再会。

実は、畑宿あたりを息を切らせながら歩いているときに
携帯電話に連絡をもらっていた。

昨晩会えなかったから、今から追いかけるよと。
うれしい知らせだった。
が、しかし、東海道一番の難所、箱根越えに挑んでいるときだ。
しかも、一番キツイと言われている
七曲りの坂が控えているという状況。
ここでか!という気持ちと、
七曲りの坂が登れなかったら押してもらおうか。
そんなバカなことも考えながらだった。

甘酒茶屋は古民家を改装したお店。
中野さんのほかに、友達も一緒に来られていて3人で中へ。
まっけんからも、ここの甘酒は美味しいから
飲んでみてと聞いていたから、地元じゃ有名なのだろう。

甘酒やうぐいす餅、くろごまきなこ餅などなどいただく。
ほどよく上品な甘さで
七曲りを上りきったぼくのカラダにしみてゆく。

中野さんたちと話しをしながら、
歩くっていいなぁと思った。

もし移動が自転車だったら、
ぼくはもうとっくに峠をこえて三島に入っているだろう。
それだともう追いかけてきてはもらえない。
歩くスピードだから、また出会えたのだ。
移動のスピードによって、出会える人が変わるのだ。

中野さんにご馳走になり握手して別れた。
あと一踏ん張り、元箱根を目指す。
​​
​緩やかな坂が続くが、もうなんてことはない。
ずいぶん休憩もとれたし、中野さんにも出会えた。
たくさんのチカラをいただいて歩けている。

上り坂が下り坂に変わった。
ここで終わりか?
​ゆっくりとその道を降りていく。​
​すると​眼下に芦ノ湖が見えた​。​
​思わず、​やった!​​と腕を振り上げ
大声をあげた。

紅葉がきれいだった。

 

七曲り始まりの看板。

 

カーブのところの勾配がきつい。

元箱根までたどりついたのは16時ごろ。
出発が6時前だったので、
10時間で上ってこれたことになる。
よくがんばったと自分を褒め、
ヒヤヒヤさせてくれたけど、
リヤカーにも感謝した。

今日の宿は昨日予約した民宿多喜。

さすがに今日はカレンダーは売れなかった。
連続販売記録はここ箱根で潰えたか。

そう思って、夕暮れ時を歩いていると、
「リヤカー引いて何やってるの?」と
ある建物の前を通ったとき、
大きな体でヒゲを生やした熊のような男性が
ニコニコしながら聞いてきた。

ここは、食彩工房箱根というお店。
なんと、ここの社長さんの瀬沼さんに
声をかけてもらい、
社長さんと社員の伊藤さんが
カレンダーを買ってくれたのだ。

なんとラッキーなことか。
お返しに、このお店のわんちゃん
風と海という柴犬の写真を撮らせてもった。
そして記念撮影も。

なんだか、ついてるなぁ。

毎日のようにいろんな出会いがある。
喜びや感動がある。

そして今日は達成感まで感じることができた。

芦ノ湖に目をやると
その奥に夕焼けに色づく富士山が見える。

箱根の東と西。
登り切ったときに旅の第1章が終わり、
降り始めたときに第2章が始まる。

箱根とはそんなところなのだ。

暗くなった箱根路を民宿を目指して歩きながら
今日の余韻を楽しんでいた。

芦ノ湖にて。山の上に湖。そして船。不思議な光景だ。
紅葉がきれいだ。
トイレから戻ってきたら、リヤカーの上に葉っぱが一枚落ちてきていた。
食彩工房箱根にて。柴犬の風と海とみなさんと。

 

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